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! カオスの世界へようこそ!
World of deterministic chaos in your body

一種の「複雑系」とも考える事ができる生命現象を、システム全体のダイナミクスに注目しながら解き明かすために、これまでに多くの挑戦が行われてきた。多くのフィードバックループを持つシステムの制御とコミュニケーションに注目したWienerは、サイバネティクスの理論を考案して生命現象や社会現象をトータルシステムとして説明しようとした。またシステムの生み出すコミュニケーションなどの情報を定量化しようと言う試みは、Shannonによる情報量理論として結実しているが、他の分野へのアプリケーションは意味論との絡みで批判も受けている。70年代にはいってPrigogineの散逸構造の理論が、ノーベル賞の対象になっているし、カタストロフの理論は、構造安定性を持つ力学系の微分方程式から自然現象の不連続性を解き明かす魅力ある理論体系として注目され、形態形成の数学理論に関する多くの研究が行われた。最近では80年代から90年代を通じてカオス理論やフラクタル理論の多くの分野へのアプリケーションが試みられてきた。カオスやフラクタルが他の理論と比較し垂「のは、その遍在制であり、自然の構造のかなりの部分にフラクタル的な構築が観察されるし、時系列信号の多くの局面でカオス的な挙動が顔を出すという報告も行われている。かかる点から、映画や小説等エンターテインメントの素材としても好んで用いられる傾向にあり、最近では瀬名秀明の新作にも「カオスの縁」の概念が登場したりしているし、映画「ジュラシックパーク」の続編「ロストワールド」の主人公はカオスを専門にする数学者であった。

「カオス」という単語は、そもそもはリーとヨークの1975年の論文に由来しており、一般的には決定論的な方程式が生み出す不規則運動を示すが、この定義はある意味でかなり拡張されたもので、扱うモデルのクラスが異なれば、カオスの特徴付けもまた異なってくる。1次元の連続写像におけるカオスの特徴付けは、2次元カオスの特徴付けには不十分なこともあるし、保存系と散逸系ではまた異なってくる。カオスの定義が定まらない、と、いわれる理由は一つには、扱うモデルや対象の範囲が拡大していることもある。元々のカオスの問題に関する数学的対応は、シフト力学系が部分力学系として埋め込まれていることから、複雑な挙動の存在を証明しようとするものだった。これらの位相的カオスの存在を前提に、1980年代を通して複雑な挙動の観測可能性を考慮に入れた結果が提出されるようになってきた。

一見して不連続的な挙動を示す心臓病やてんかん等における病態の変化に対しては、医学分野でも比較的早期からこれらの非線型力学を応用した理論の応用が試みられてきている。心電図や脳波等の生体の電気現象にカオス的なダイナミクスが存在する事は示唆されてから久しく、最近ではこれらの定量化による生体の非線型特性に基づいた新しい診断法の開発が注目されている1-3)。しかしながら、生体に観察されるカオス性の成因については多くの推測が行われているものの、定説がないのが現状である4-6)。特に循環動態においては心拍変動にも動脈圧の時系列曲線にもカオス性が認められるという報告があるが、心拍変動は直接的に動脈圧に影響するし、動脈圧は圧受容体を介して中枢から心拍変動に影響を与えているので、これらは相互に相関している。これらの相互に複雑なフィードバックループを形成している一種の「複雑系」において、カオス性の成因を探るのは必ずしも簡単なことではない。本研究ではかかる点を鑑み、心拍変動にも、また心臓の収縮性にも全くゆらぎを持たない循環系を、人工心臓を用いることによって作成し、心臓血管系のカオス的ダイナミクスの成因について追及することをまず第1の目標としている。更に、医学研究は臨床の現場に立ち返らなくては行けないという原点に返り、非線形ダイナミクスにおける情報の流れの概念や、カオス性の定量的評価の方法論を、臨床の現場にフィードバックし、新しい診断の方法論の開発へむすびつけることが最終的な目標である。


!!! 決定論的カオス

非線形力学の発展に伴って、決定論的な時間発展をするシステムが非線形性の効果により複雑な挙動を示す局面が多く観察されるようになり、一般にも広く知られるようになってきた。この現象は「決定論的カオス」と呼称され、種々の立場から特徴付けを行う研究がなされつつある。ここでいう「決定論的」なシステムとは確立課程に対比して呼ばれるプロセスであり、初期値が確定していれば将来の発展も一意的に決定されるような時間発展系である。このような決定論的なシステムにおける複雑な挙動はリーとヨークによる1975年の論文でカオスと命名されたことは広く知られている(13-15)。

例えば、個体数動力学の分野で導入されたロジスティック写像の簡単な差分方程式を考えると、

xn+1 = f (x n) = axn ( 1 - xn) ( 0 < a < 4 ) (1)

fは写像関数と呼ばれる。またaはフィードバックの強さを示すパラメータを意味し、nは時間経過を表す。従って初期値を決めれば、ある時間経過の後の状態は一義的に決定されるわけであるが、パラメータの値によっては興味深い挙動を呈することでよく知られている。すなわち、パラメータaが1より小さいときはでは安定な1周期点への単調な減少を示すが、aを増加させていくと安定な2周期点へ収束するようになり、周期倍分岐を示してカオスに至る。横軸をaにとってxの変化を観察すると、aが4に近づくにつれて、熊手型分岐を通して無限個の周期点を取るのが明らかになる。このような単純な区間力学系で認められるカオスは、以下のように特徴づけられることも知られている。すなわち・fは混合的であり、解の自己相関関数は遅れ時間を大きくすると共に0に収束する。・ホモクリニック点が存在する。・任意の長い周期の周期解が存在し、かつ自分自身の解や他の周期解を訪ねる非周期解が無限個存在する。・あるベルヌイ系との自然な対応が存在する。・KSエントロピーが正になる。これらの特徴付けは数学的に解析すると等価の部分もあり、リーとヨークの採用したカオスの定義もこれらから導き出される性質であると考えられた(13-15)。しかしながら形式的カオスは必ずしも観測可能ではなく、また1次元のカオスは必ずしも多次元カオスへは一般化できないことも知られており、カオスの定義は現在でも十分にチャレンジングな問題である。Ott らは、・fは初期値に対する鋭敏な依存性を有する。・自己相関関数は遅れ時間の増大と共に0に収束する。・解は非周期的である。等をカオスの定義としてあげている(13-15)。このうち・の初期値依存性は例えばリアプノフ指数などによる定量化が試みられており、例えば(1)のような個体数動力学のロジスティック写像の方程式では

 
    N-1
λ(f) = lim 1/N log [ dfN (x0) / dx0] = lim 1/N Σ log ・f'(xi)・     (2)
    N →∞                N →∞     I = 0

のような方程式で近接した2点から出発した2つの軌道の時刻 n → ∞での解離度を測定するリアプノフ指数が決定される。このリアプノフ指数は分岐領域では常に負であり、カオス領域では正になる。リアプノフ指数で表されるように、厳密な初期値依存性がカオス性を示す重要な特徴ではあるが、この結果は、複雑なダイナミクスは、厳密な意味での初期値が計測できなければ予測不可能であることを意味しており、ハイデルベルグの不確定性原理を待つまでもなく、正確かつ厳密な計測が困難である生体におけるアプリケーションの難しさを示していることにもなる。この事実を考えると、生体におけるカオス力学の応用としては、近年話題になっているような、いわゆる「カオス制御」の方法論で、生体のダイナミクスをコントロールする。といった方向よりは、むしろ現在で可能であるところのできるだけ正確な生体計測技術を駆使して、非線形ダイナミクスに注目した生体機能の解析や、生体制御系の診断技術へのアプリケーションに活路を見いだすのが自然な方向であるようにも考えられる。


!!! オープンループ解析による成因の追求

生体の循環系のような多くのフィードバックループを持つシステムのダイナミクスを解析するためには、オープンループ解析のような手法がある。すなわち、たくさんある制御系を一つづつ減らしていく事によって、残されているシステムのダイナミクスを観察する事ができうる。例えば生体の場合には、薬剤などによって交感神経や副交感神経などの制御システムを切り離してシステムのダイナミクスの変化を観察していったり、心臓移植や人工心臓などの様に、心臓というファクターを切り離してしまうわけである。しかしながら薬剤による除神経は完全ではないという報告もあり、心臓の神経制御を完全に切り離すには例えば自家移植にように心臓を一回切り離してから再移植したりする手法が推薦されている。またそのような移植心臓の場合にも、各種の液性因子による制御には確実に反応するし、また慢性期には周囲から自律神経の末端も成長してきて、神経制御が復活してくるという報告も行われている。したがって、完全に生体の制御因子の影響を排除するには、人工の機械である人工心臓のようなデバイスが望ましいものと考えられる。

そこで人工心臓の慢性動物実験を行った16)。自然な心臓と人工心臓の循環の比較のために、両心バイパス型の人工心臓を採択している。この人工心臓の採択により、循環系のゆらぎやカオス的ダイナミクスの計測において非常に重要である同一個体での覚醒状態での記録が可能となっている。自然心臓の循環を計測するときには、一時人工心臓を停止させ、循環動態が安定したところで時系列曲線を記録する。ゆらぎのない人工心臓循環を作成する時には、あらかじめ埋め込んだ電極から直流通電を行い、心室細動を惹起させて人工心臓で両心の循環を維持する。まず重要になるのが、人工心臓の循環においても、その血行動態の時系列曲線にカオス性が維持されているかどうかの問題である。ここでカオス性が否定されれば、心臓血管系におけるカオスの成因は、心臓の拍動のゆらぎだけに依存することになり、血管抵抗や心臓の前負荷・後負荷などの他の要素はあまり考える必要がなくなる可能性がある。さて、非線形力学におけるカオスの検出には様々な手法が報告されている。スペクトル解析法による周波数解析や、埋め込みによるアトラクター再構築、フラクタル次元解析、リアプノフ指数計測、相関次元解析、そして、KSエントロピーの計算等があり15-18)、研究者の数だけ方法論があるという冗談さえささやかれるくらいである。我々はこれまでこれらの方法論を駆使して人工心臓慢性動物実験における血行動態時系列曲線について検討してきた(16-19)。図2に提示するのは Takensの手法による非線型力学系のアトラクターの再構築の手法である。この方法論は、カオス的な時系列曲線を定量的に解析するために比較的汎用されている方法論であり、時系列曲線の値をタイムラグを用いて高次元の位相空間へ埋め込む手法である。ある時点における値をX軸に、ある時間遅れの後の値をY 軸に、更に時間遅れに従ってZ軸、ω軸にプロットしていき、時系列曲線を高次元位相空間に埋め込んで再構築する。ここで重要になるのは、もちろんこのタイムラグの設定の手法であるが、これには多くの提案が行われており、スペクトル解析結果から時系列の基本周期を求めて、その数分の1のタイムラグで埋め込んで基本周期にしたがってトーラスを再構築する手法、種々のタイムラグを試みてアトラクタを再構築させ、最もよく力学系を表現しているタイムラグを選択する方法、または、自己相関関数を求めて、最初のゼロクロスのポイントを選択する手法などが提案されている(15-20)。これらの方法論を用いて選択したタイムラグで再構築した自然心臓の循環における動脈圧波形の時系列曲線のアトラクターを図3に提示する。ここでは観測時間の限界を考慮して4次元の位相空間に時系列曲線を埋め込んだ後に、3次元位相空間へ投影している。この観測時間の問題も非線型力学系を考える上では重要であり、生体を定常とみなせるかどうかの問題もここにかかってくる。原則として生体は非定常であるが、短い観測時間の範囲内では定常とみなして解析を行うことになってはいるが、もちろんこの議論には批判も多い。また力学系を再構築するのに何次元までの埋込を行うのかも重要な問題である。そこで主成分分析を試みて埋込次元の蓋然性の検討を行った。主成分分析は無相関な変数の組を与えるもとの変数の直交変換を見いだす方法論であり、主成分は重要度の順番に誘導される。これらの主成分はもとの変数の線形結合である。主成分の導出にはP次元ベクトルXiのP×Pの相関行列rを用いる。

・・r・ λI・・・ 0            (3)

ここでrが与えられると一般にPの固有値λが得られ、各固有値に対して固有ベクトル l が得られる。第1主成分は最大のλによって与えられ、以下第2主成分、第3主成分が導かれる。こうして直交変換された主成分は以下の式で表される。

P
ζ i = Σl ij Xj (4)
j=1


このようにして得られた主成分分析の結果を図4に提示する。第3主成分と第4主成分によって構成されたアトラクタはあまり有意に関与していないことがわかる。そこでここでは4次元位相空間に埋め込んだアトラクターを3次元に投影することにした。このようにして再構築された動脈圧波形のアトラクターを観察すると、周期的な関数の存在を示唆する基本的なトーラスに、アトラクターの幅を増やしているゆらぎが付加されてカオス的なストレンジアトラクターを構成していることが示唆されている。そこで、図5に示すような生体の電気回路モデルを基に、左心循環系の動脈圧波形のシミュレーションを行い、同様のタイムラグで埋め込まれて得られた時系列曲線のアトラクターを図6に提示する。基本周期の形成するリミットサイクルのみが認められ、アトラクタの幅が認められない。この結果からは、自然心臓循環の動脈圧波形のアトラクタは、心拍の基本周期に種々のゆらぎ成分が加わって形成されていることが示唆されている。図7に人工心臓循環における動脈圧波形の時系列曲線から再構築したアトラクターの一例を提示する。循環動態のカオス性を解析する際には、心電図のRR間隔から心拍変動の解析を行う場合も多いが、ここでは人工心臓循環なので心電図は心室細動になっており、計測には不適当なので動脈圧波形の時系列曲線を用いている。この軌道の幅がどこからくるのかを考察するためにスペクトル解析法の方法論を用いて解析した結果、人工心臓循環においても、例えばMayer波等、周期性のゆらぎの成分は血行動態に観察され、かつ対数変換にて 1/f のゆらぎ成分の存在が示唆されていた。図8に人工心臓循環における動脈圧のスペクトル解析結果の一例を示す。Mayer波、呼吸性等の周期性のゆらぎの他、 1/f のゆらぎも観察されている。このゆらぎが反映されたためか、軌道の一部を拡大するとフラクタル性も示されており、リアプノフ指数やKSエントロピーの計算からもこのアトラクターの持つカオス性の存 されている。リアプノフ指数は、ストレンジアトラクターにおける軌道の分離を定量的に評価する指数であり、最大リアプノフ指数が正に収束することがカオスの存在の一つの証明ともいわれている。人工心臓の動脈圧波形のアトラクタの最大リアプノフ指数を図9に提示する。横軸はデータ長であるが、最終的に正の値に収束していることがわかり、これはカオスの持つ重要な特徴の一つである初期値依存性を示唆するものである。この結果は、アトラクターが決定論的カオスに特徴的なストレンジアトラクタであることを示している。またボックスカウンティング法により人工心臓循環の動脈圧波形のフラクタル次元解析を試みた。まず動脈圧波形のリターンマップを作成する。これは埋め込みの方法論に使い方法論で、一心拍の平均動脈圧をX軸にの一拍後の動脈圧の値をY軸にプロットして作成する。これを種々の大きさのボックスにわけ、データポイントが含有されたボックスの数をプロットして、両対数変換して傾きからフラクタル次元を求める。図10に方法論を提示する。この解析結果から人工心臓の動脈圧の時系列曲線は分数次元のフラクタル構造を持ち、非線型力学系の持つカオス的ダイナミクスの存在が示唆された。従って、種々の解析結果により、人工心臓を用いて心拍変動や、心臓の収縮性におけるゆらぎを完全に除去しても、動脈圧におけるカオス的ダイナミクスは維持されていることが判明した。このカオス性は動脈圧受容体を介して中枢神経にフィードバックされ、交感、副交感神経の回路を介して心臓におけるカオス性を作り出すと言うことも考えられ、循環動態におけるカオス性を規定する重要な因子となっていることが示唆される。


!!! 人工心臓における自律神経活動電位

共産主義がまだ説得力を持ち得ていた時代、各国の威信をかけて繰り広げられていた人工心臓動物の長期生存オリンピックは、1年を越える人工心臓動物の長期生存が得られ、共産圏の崩壊した現在では、あまり顧みられなくなった21、22)。人工心臓の長期生存実験がなぜ必要かという原点に立ち帰ってみると、結局、人工心臓の評価は、長期生存実験によってしか可能でなかったことによるということがわかる。2つの人工心臓を比較する時に、より長期生存をもたらした人工心臓の方が優れているはずだという評価基準である。これに対して更に洗練された方法論を構築するべく、種々の人工心臓が生体に与える影響を種々の方法論で明らかにし、理想的な人工心臓の設計に役立てようという試みが行われている。その代表的なものが、人工心臓循環における生体制御系、特に自律神経機能の解析である。人工心臓動物における自律神経活動電位の計測結果は1987年頃から東北大学から多くのレポートで報告されているが23-25)、最近では国立循環器病センター26)、九州大学27)などでも計測が行われるようになり、昨年は東京大学からも制御について、私たちの以前のレポートと同様の結果が報告されている28、29)。この神経活動の評価を行うことにより、ゆらぎのない人工心臓駆動におけるカオス性の成因を更に追求することが可能になるのではないかという可能性が期待される。図11に提示するのが人工心臓における交感神経活動の時系列曲線である。同一の対象において結果を比較するために、人工心臓は両心バイパス方式を採り、左が自然心臓循環、右が人工心臓循環である。人工心臓循環では心電図は心室細動となっている。経後腹膜的に左腎動脈にアプローチし、腎交感神経にステンレススチール双極電極を接触させて活動電位を記録している。人工心臓循環では交感神経のバースト発射が、自然心臓ではなく人工心臓に同期しているのが観察される。これを非線形数学路論の方法論を駆使してカオス性について検討するべく種々の方法論が試みられた。カオス的ダイナミクスの特徴の一つに鋭敏な初期値依存性があり、位相空間において隣り合っていた軌道は速やかに分離する。この特徴を数学的に表現する方法論の一つにリアプノフ指数解析がある。ここではWolfらの方法論による解析結果を提示する30)。図12は人工心臓における交感神経活動の最大リアプノフ指数である。最終的に正に収束するのがわかり、決定論的カオスに特徴的な初期値依存性の存在を示唆している。従って、血管運動などを規定すると思われる自律神経においてもカオス的なダイナミクスの存在が示されていることがわかる。


!!! 非線形ダイナミクスにおける情報の流れ

では交感神経活動のカオス的ダイナミクスは、血管運動を介して人工心臓の循環のカオス性を規定しているのであろうか?この点を明らかにするためには、カオスに代表されるような非線形ダイナミクスにおける情報の流れを明らかにする必要がある。線形システム解析においてはスペクトル解析等の方法論を駆使して、伝達関数や関連度関数から周波数成分の原因を追及するのが一般的ではあるが、これらの方法論はカオスに代表されるような非線形ダイナミクスの解析には、もちろん適当ではない。ここではかかる面を鑑み、確率論で提唱される相互情報量の概念を用いる31、32)。神経活動と血管抵抗を一対の系(s,q)を定義して「sの測定値がわかっているときに、qについてどれぐらいの情報量(bits)が平均して予測されるか」というように相互情報量が定義された。計算アルゴリズムはfraserらの方法に従い、(s,q)平面にデータをプロットして短冊状に分割して計算した31、32)。相互情報量が大きいほど一対の時系列の片方の情報からもう一方の情報量が多く予測されることになる。

I ( s,q ) = ∫Ps,q ( s,q ) log [ Ps,q (s,q) / (Ps ( s ) Pq ( q ))] dsdq (5) 相互情報量解析の結果、人工心臓循環における交感神経と血管抵抗のカップリングは、駆動条件によっては自然心臓のそれよりも強力になっている場合もある事が判明した。かかる点から交感神経も持つ非線形ダイナミクスは、血管系の制御を介して人工心臓循環のカオス性に強力な影響を与えていることが明らかとなった。極めて密接に結びついていることが当たり前という観点も成り立つ循環動態と交感神経活動のカップリングにおいて、人工心臓循環の方が、神経系と自律神経がより強力に結びつくこともあり得るという結果は極めて興味深いものであり、今後更なる検討を要する。相互情報量解析結果を、心臓と血管と神経という三つのパラメータの視点より考察すると、本来は神経系は心臓も血管も両方とも制御するものであるが、心臓を制御するのは交感神経、副交感神経のような自律神経系だけではない。神経性因子・液性因子の他にも前負荷・後負荷の力学的な影響も受けることは広く知られており、様々な制御系が関与している。従って自然心臓循環ではその循環動態は神経だけではなく、他の多くの因子が関与していることになる。これに対して人工心臓循環では種々の制御系は少なくとも人工心臓の駆動には全く影響を与えない。制御系が関与するのは血管系のみであり、血管抵抗やコンプライアンスの制御を介して人工循環に影響を与えることになる。従って人工心臓循環において神経系と循環動態のカップリングが強くなる場合があるのは、他の制御系が心拍変動を介して循環動態に影響を与えるという因子が除去されるためかもしれないと言う仮説が成り立つものと考えられた。この点は更なる追求が必要であり、今後液性因子の計測などを含めた更なる実験の蓄積が必要と思われる。少なくとも人工心臓循環でも循環動態を支配すると思われる抵抗血管系の変化、またそれを支配する神経系ともにカオス的ダイナミクスの存在は明らかであり、更にこの2つの因子の間の非線形情報の流れも明らかに示唆されたものと考えられる。これは人工心臓を用いたオープンループ解析によって初めて明らかになった事実と考えられた。人工心臓循環においてもカオス性は維持されており、それは中枢のもたらす神経活動の非線形情報によって規定されていることが明らかとなったものと考えられる。このカオス的ダイナミクスは圧受容体を介した反射経路により中枢にまた影響を与え、心拍変動を規定することは自明であり、血管運動が循環動態の持つカオス的ダイナミクス全体を支配しているという視点も成り立つ。この血管運動は中枢神経系に支配されていることは、相互情報量解析による非線形情報の流れを解析した結果より明らかである。従って、心臓血管系のカオス的ダイナミクスは、中枢神経系の制御する血管運動に起因する可能性が示唆されたものと考えられる。


!!! 臨床診断への応用

以上より、心臓血管系のもつカオス的なダイナミクスは、交感神経系等の自律神経活動の遠心性放電に起因しており、従って中枢神経系にその起源があるという可能性が示唆されたものと考えられる。もちろんこれ以外にも心拍変動の神経支配などが相互に影響し合って、複雑系としての循環動態を形成しているものと考えられるが、心拍変動を除いてもカオス性が成り立つという結果は、生体の非線形ダイナミクスの情報の流れを考える上でも興味深い結果と考えられる。さて、この現象を臨床の現場にフィードバックして考えれば、中枢を起源にした自律神経活動の経路に障害があった場合、生体のカオス的なダイナミクスは影響をうけていることになり、自律神経障害の診断に役立つ可能性があるという事になる。核医学的な手法等により、糖尿病患者や心筋梗塞患者等において、心臓支配の自律神経系が傷害されていることが報告されている。かかる観点から心拍変動のスペクトル解析等の手法により多くの報告が行われており、心拍変動を支配する自律神経機能の定量的評価が試みられている33-36)。しかしながら electromechanical dissociation等の問題を考えるまでもなく、心臓の収縮は、心電図のRR間隔と完全に一致するわけではない。また心電図のRR間隔の解析では、心臓の収縮性の時系列的な変動を解析するわけにはいかないのは自明であるものと考えられる。そこで自律神経障害のより包括的で精密な診断法の開発を目指して、超音波心臓断層法による心機能解析を試みた。心臓の収縮は、交感神経系、副交感神経系等の自律神経の支配により影響を受けていることが薬理学的な除神経による多くの研究などにより報告されている 34、35)。また、これら神経性の因子の影響等の他に、液性因子の関与の可能性も報告されている33-36)。更に洞結節は前負荷や後負荷の影響にも依存するので、心臓血管系のダイナミクスは多くの因子の相互作用により決定されることになる。また心拍変動とは独立に、末梢血管抵抗の時系列曲線にもゆらぎが観察されることが報告されており16-18)、これらの抵抗値のゆらぎは、動脈圧反射系を介して中枢にも影響を与え、ひいては心拍変動のゆらぎにも影響している。特に 0.1 Hz前後に認められる周期性ゆらぎ成分は、この動脈圧反射系に依存している可能性が報告されている。前負荷及び後負荷の影響は、機械的に洞結節に影響を与えるものなので、心臓の収縮動態を画像として解析することにより、より精密な計測が具現化する可能性が高い。心臓の収縮動態の画像的な診断法としては、心臓カテーテル検査や核医学的な検査、超音波心臓診断法などがあげられる。この中で長時間の心臓の収縮動態の解析が一般病院レベルで可能なのは、超音波を用いる手法だけである。しかしながら心臓の断面図から左室内の容量をリアルタイムで解析することは多くの困難を伴う。 本研究では最近開発された心内膜自動解析プログラム Acoustic Quantification (AQ) 法を用い、左室の容量をリアルタイムで計測することにより、左室の収縮のゆらぎを直接計測し、循環動態のゆらぎの新しい診断法を開発することが目的である。 この研究に用いたのはHulett-Packard 社のSonos 2500である。この装置に、AQ法による左室内容量が、時系列曲線としてリアルタイムに出力ができるように改造を加え、実験に用いた。図13にAQ法による心内膜自動解析の画面を提示する。バックスキャッターの違いから左心室の内膜を認識し、左室の容量を計算する。得られた左室容量の時系列曲線は下段に表示されている。健常成人男子及び心筋梗塞患者を対象に、心電図と左室容量の時系列曲線をデータレコーダに同時記録した。得られた時系列曲線はADコンバータを介してパーソナルコンピュータに入力し、高速フーリエ変換(FFT)を用いスペクトル解析を試み、更に高次元位相空間へ埋め込んでアトラクターの再構築を行って非線型解析を試み、更にボックスカウンティング法によるフラクタル次元解析を行った。また、FFTで処理する前に、時系列曲線を心拍単位のRR間隔と、左室の一回拍出量に変換した。得られたデータは、点時系列データを事象間隔系列として取り扱う方法で処理した。すなわち拍数単位の点時系列データを事象間隔系列の連続時系列曲線に変換した後、平均RR間隔でサンプリングした。得られた健常成人男子のスペクトル解析結果の一例を図14に示す。上段が心拍変動のスペクトル解析結果であり、下段が左室一回拍出量のパワースペクトルである。従来の報告と同様に心拍変動のパワースペクトルには、0.1 Hz前後の周波数領域と、0.3 Hz 前後の周波数領域に明確なピークが認められ、周期性のゆらぎ成分の存在が示唆されていた。これに対して左室の一回拍出量の時系列曲線には、0.1Hz前後と0.3 Hzの周波数領域に同様のピークが認められ、心拍変動の影響が示唆されていた。心拍変動と一回拍出量のピークの存在の線形性について検討するために、関連度関数の手法を用いてコヒーレンシーを計算した。図15に計算結果を提示する。周期性のゆら 存在した0.1 Hz 前後と0.3Hz前後には高い線形性が認められていた。従って左室の一回拍出量は心拍変動と同様の周期性のゆらぎ成分を持つことになるが、左室の一回拍出量のスペクトルでは呼吸性の周期性変動が非常に強いことが示唆されていた。これは呼吸性の左房圧の変動が強く影響している可能性もある。また超音波心臓断層法では呼吸に従って画像が影響を受けるので、このアーティファクトの影響も可能性としては考えられる。また0.1Hz前後の周期性変動は血管抵抗の変化による後負荷の影響に依存していることが考えられるが、この変化は圧受容体反射を介して中枢にも影響しているので、心拍変動にも影響していることになり、両方の変化の反映を示しているものと考えられた。一回拍出量が直接計算されているので心拍変動のスペクトル解析結果や動脈圧のスペクトル解析と併せて考察を続けることにより、心臓と血管系のゆらぎ成分を独立に観察しうる可能性もあるものと考えられた。図16に、心筋梗塞患者における心電図RR間隔と左室収縮の時系列曲線のスペクトル解析結果を提示する。心筋梗塞患者においては自律神経系の制御の除神経が核医学的な検討からも報告されているが、そのため、RR間隔のスペクトル密度を観察してもMayer波や呼吸性の周期性変動が消失していることがわかる。これらに対して左室の収縮のスペクトル解析結果を観察すると、RR間隔とは異なってゆらぎ成分が残存していることが示唆されている。これは、左室収縮に影響する前負荷や後負荷の影響が関与していることが示唆されており、AQ法による左室収縮の解析がRR間隔の解析とはまた異なった情報をもたらしていることが示されたものと考えられる。


!!! 左室容量時系列曲線の非線形解析

関連度関数等のスペクトル解析の手法は、基本的に線形性を前提とした解析の方法論であり、非線形性が自明である生体機能の解析には方法論として適当ではないと言う議論もある。そこでフラクタル次元などの非線形力学の定量化の手法を駆使して、左室内膜の挙動の非線形解析を試みた。左室収縮時系列の高次元位相空間への埋め込みを行って図17に呈示する。上段は正常対象者、下段は心筋梗塞患者のアトラクターである。この2つのアトラクタは共に最大リアプノフ指数による初期値依存性の計算からカオス性が示唆されている。一見して心筋梗塞患者のアトラクターの単純化が観察され、アトラクターを形成する情報量の低減化が示唆されているものと考えられる。フラクタル次元の計算から、心筋梗塞の虚血による除神経が、循環制御系の情報量の変化をもたらしているのが観察されたものと考えられた。心拍変動の研究などにおいて、心筋梗塞に付随する心不全の状態では、心拍変動のゆらぎが消失している事が報告されているが、もちろん心筋梗塞における除神経は心臓だけに起こり、血管運動には影響を与えない。したがってスペクトル解析でも示唆されたように、交感神経支配の末梢血管抵抗の時系列が後負荷の変化として左室収縮に影響を与えてゆらぎをもたらしている可能性があるものと考えられた。また同様に迷走神経活動と同期する呼吸運動による前負荷の変動 室収縮に影響を与えている事は自明であり、結果として心拍変動にゆらぎがない心筋梗塞患者でも交感神経と、副交感神経活動は左室の収縮時系列には影響を与えているという事になる。従ってこのような、左室の収縮の時系列を直接観察する事は、心筋梗塞患者や糖尿病患者における自律神経障害の定量的な診断法として有用である可能性を保持するのみならず、心拍変動の解析とはまったく異なる新しい診断法として有用である可能性が示唆されたものと考えられた。すなわち従来は診断法が存在しなかった血管運動支配の自律神経機能の新しい定量的な診断法として有用である可能性があるという結果である。また、このような方法論を用いた診断法は生体のカオス的ダイナミクスを全体論的に解析するためにも興味深い手法と考えられた。更に制御系の関与を、情報量理論などによって定量化するために相関次元解析等も試みたが、臨床の現場ではどうしても観測時間の限界の問題があり、埋込みの次元に限界が出てきてしまうので、ここでは高次元アトラクタが投影されているという観点からリターンマップのボックスカウンティングを試み、左室収縮の時系列のフラクタル次元による定量化を試みた。ボックスカウンティング法により拍数単位の左室収縮のゆらぎを検討し、病態生理学的な変化を観察し、心拍変動の変化との比較検討を行った。その結果、図18に示すように、心筋梗塞患者では心拍変動と左室収縮のゆらぎのフラクタル次元の変化の解離が認められた。これは心拍変動と左室収縮のゆらぎが分離していることを示唆しており、左室収縮のフラクタル特性は、心拍変動ではなく、血管運動等に依存していることを示唆しているものと考えられた。


!!! 考察

生体の時系列曲線の非線型動特性に注目して、循環動態におけるカオス的ダイナミクスの起源を追求するために、人工心臓を用いたオープンループ解析を試みた。その結果心臓血管系におけるカオスは、中枢神経系の交感神経遠心性放電からバンドパスフィルターを介した形の血管運動支配に起源する可能性が示唆された。また、この現象を臨床に応用するために、心臓超音波断層像より得られた左室収縮の時系列曲線の非線型解析を行い、心筋梗塞などにおける除神経の定量的診断法の開発を試みた。その結果、心拍変動とは異なる視点からの血管運動の自律神経障害の診断の可能性が示唆された。しかしながら本研究の持つ方法論の限界もある。すなわち、本来クローズドループである心臓血管制御系をオープンループ化することはそれだけで生体に重大な影響を与え、結果は修飾を受ける可能性がある実験である。例えば、我々も以前報告したが、ゆらぎのない人工心臓を負荷することによって、制御系のゆらぎ成分が影響され、例えば交感神経系のゆらぎ成分は増大することもある。これらの結果は当然本研究の結果に重大な影響を与える。また事象のそもそもの原因を探る問題は、どの分野でも困難であるが、卵が先かニワトリが先かというような堂々めぐりに陥ってしまう場合もある。本研究では心臓を除去して成因を追求して中枢神経系にたどり着いたが、逆に血管系の因子を除去する立場もあり得る。これらの観点からも本研究の成果は明らかに限定された状況によるものではある。従って、本研究の成果は、心臓血管系のカオス的ダイナミクスは、・#5; nを介した血管運動によっても説明できうる動特性である。ということは最低限、証明できたものと考えられた。更にこの現象を臨床の現場にフィードバックする事により、循環系を支配する自律神経機能の定量的な診断法として、心臓超音波断層法の新しい展開が得られたものと考えられる。すなわち従来は診断法がほとんど存在しなかった末梢血管抵抗などにおける神経支配の、非線型力学の情報量の理論に基づく定量化である。この診断法は AQ法に基づくものであるので、その機能を持った超音波検査の機器でないと解析が行えないという弱点があり、また AQ法自体にもその定量性については批判もある。しかしながら画像解析によって定量化する点で、従来のスワンガンツやカテーテルやインピーダンス法に比較すれば病変部位の評価という点では一日の長がある。すなわち心筋梗塞の部位の部分だけを定量的に評価できうるという事である。この特長を生かし、今後、病変部位の収縮時系列の情報量の定量化という観点から検討を重ねて行きたい。今後、液性因子など他の制御因子も解析して、カオス的ダイナミクスの成因について更なる追及を行い、臨床的診断の意義も新たに追求していく予定である。
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