循環器医療―最近の動向

東北大学加齢医学研究所 山家智之

アメリカ大統領選挙において、薬剤費の高騰が大きな争点になっていることは、新聞雑誌などでも話題になっていますので、ごらんになった方も多いかもしれません。最近のEBM、エビデンスに基づいた統計学的に根拠のある医療を目指す時代の趨勢は、必然的に薬物治療のメガスタディを不可避とすることになります。医師主導の治療試験も話題になってはいますが、薬剤加療のメガスタディは、基本的には販売するメーカー側が負担する場合がほとんどです。米国などで薬剤のメガスタディを行えば莫大な費用がかかりますから、当然、薬剤の価格に跳ね返ってくることになります。ある意味では薬剤費の高騰は、現代の医学では不可避とすら言えるのかもしれません。

予防医学は重要なことは言うまでもありませんが、予防医学のためのエビデンス蓄積のため、薬剤費高騰を招き、患者サイドの経済的負担が大きすぎて、予防医学が不可能になるようでは、本末転倒ともいえるかもしれません。最近では、統計的に真実かどうかは異論があるところですが、予防医学は統計的には無駄であり、医師は病院に来た患者様の治療に集中すべきであるという議論も行われているのが、最近の動向のひとつです。

さて、病院へ入院してくる循環器疾患の患者様は、本邦でも増加傾向にあります。心臓血管系の病気で亡くなる患者様の数は、ほぼ癌で亡くなる患者様の数に匹敵します。全世界的に観ると、例えば2001年には全世界で5960万人の方が亡くなっていますが、心血管イベントによる死亡は、癌や感染症を抑えて第1位です。

循環器疾患の最終型の最も重要な一つは、不可逆的な重症心不全と言うことになります。医師がどんなに力を尽くしても、心筋細胞が全く反応してくれず、不幸な転機を取る患者様を目の前にして、悔しい思いを禁じえない経験を持つ実地医科の先生は数多くなってきています。

治療抵抗性の不可逆的に破壊された心筋細胞に対しては、従来の治療の方法論では救命は不可能であり、新しい治療の方法論開発が望まれます。

一つの手段はもちろん、心臓移植です。東北大学も心臓移植指定施設に選択され、準備を整えていますが、残念ながらドナーハートの不足は日本でも深刻で、臓器移植法の制定以来、年間2−3例前後の心臓移植しか行われていないのが現状です。皆様も、臓器移植をする方も、その意思のない方も、是非、ドナーカードを持ちましょう。

このような現状ですので、現在は人工臓器と再生医療が移植に変わる方法論として注目されています。

再生医療としては、現在、ES細胞を応用して心筋細胞に分化する方法論、骨髄などから骨芽細胞を分離して心筋細胞に分化させる方法論、虚血心筋に対してアデノウイルスなどをベクターに遺伝子導入を行い、血管を再生させる方法などが試みられています。

ただ、心筋細胞は培養でき、一枚のシート状に加工するところまでは成功していますが、心筋細胞を収縮させるには血液の供給が必要です。2−3枚のレベルまでは血液が直接浸潤するようですが四枚目以上の血液シートではそろそろ浸潤だけでは血液が供給されず、冠動脈のような動脈の三次元構築が不可欠になります。つまり、心筋だけでなく冠動脈の再生医療が不可避になり、この方法論はまだ全く開発されていません。また、血管再生に関してもウイルスによる遺伝子導入には倫理問題も付きまといますし。再生医療は現実の心不全に関してはまだまだ解決しなくてはならない問題が山積みで、マスコミなどではよく報道されてはいますが、皆様のお手元に届くまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

人工心臓は補助人工心臓と完全置換型の人工心臓に分類されます。

完全置換型の人工心臓は、アメリカのアビオコアと言う人工心臓がいち早く臨床応用されましたが、日本人に埋め込むにはあまりにも大きすぎ、また重過ぎるようです。そもそもの開発目標が85Kg以上のアメリカ人男性に埋め込めるもの。というものでしたが、完成したものは更に大きくなり、体格の大きなアメリカ人でも成人男子の半分、女性では八割近くは埋め込みが不可能なようです。日本でも東京大学、国立循環器病センターなどで小型のものが開発されていますが、臨床応用にはもう少し時間がかかりそうです。

これに対して補助人工心臓は、空気圧駆動型のものは既に臨床でも認可されており、治療試験の時には県立瀬峰病院でも何例か臨床に応用されました。最近のトピックは、小型軽量の埋め込み型のロータリーポンプで、スクリュー型の軸流ポンプ、ロータリーポンプの小型のものが海外で臨床試験されています。拍動型の埋め込式補助人工心臓と比較すると圧倒的に小型化が可能なので、テキサスのマイクロメド社のスクリュー型のポンプは既に200を越える臨床応用を経て、子供にも埋め込可能な小型ポンプとして注目されています。日本でもテルモ社の磁気浮上型の遠心ポンプは今年に入ってついに臨床応用されました。一例目の埋め込みはドイツのバドオイエンハウゼンで行われ、現在まで七例の患者様への埋め込手術が行われています。程なく、国内でも臨床試験が進められる手はずです。

ロータリーポンプでは無拍動の補助循環になるので、循環が依存してしまうと、全く脈のない循環と言うことになります。

先生方の外来に、全く脈のない患者様が元気に受診される日が来るのも、そう遠くない将来であるものと思われます。

登米郡医師会便りより、一部改変


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