部局トピックス(東北大学広報より)

「水泳部のコンパから生まれた発明?!」


 経済に於いても医療に於いても、そして大学に於いても欧米を中心とするグローバルスタンダードの大きな波が押し寄せている状況と考えても現状認識に誤りはないかも知れません。

 では、研究におけるグローバルスタンダードとは? どのような研究体制を指すのでしょうか?

 アメリカを代表する心臓病の施設にクリーブランドクリニックがあります。そこのラボのディレクターをしている友人に聴くと、まず政府や民間のグラントを取るのが全てに優先され、そのグラントを駆使して、クリニックのラボの使用料、動物実験室の使用料、研究者、テクニシャンの雇用、全てが賄われ、グラント無きものは去れ!と言うのが現状のようです。兎にも角にもグラント取って使用料を払わなければ、実験室も自由には使えないシステムになっているそうです。

 勿論、欧米のスタンダードに見習うべき点は多々あるのは、もはや常識なのでしょうが、東北大学における開発や研究の現状にもいい点は幾つかあるような気もいたします。

 加齢医学研究所の実験室の幾つかは殆ど外部にオープンのようなシステムになっており、そこからはこんな発明も生まれました。

 初めにグラントありき、どころか? 研究費など一銭もない中で、研究者の熱意だけでもっていけた発明としては、面白いものもあるかと思い、読み物風にまとめてみました。

第1幕 

 朝日生命ビル地下一階の居酒屋「魚市場」医学部水泳部の追い出しコンパ兼OB・OG会の片隅。やかましくて隣の人の声くらいしか聞こえない喧噪の中

天江新太郎(医学部小児外科)「先ぱあい、新聞見ましたよ! 心臓にぴたっと貼り付ける人工心筋って奴!」

山家智之(加齢研)「ああ、形状記憶合金の記事ね、よく見っけたね?」

天江「形状記憶合金って・・・そんなに早くピコピコ動かせるんですか?」

山家「いや、暖っためるのは、ほら、電気流せばいいから簡単なんだよ・・ただ、冷やすのはすっげえ大変で、俺、大学院に入ったとたんに『お前、そこで扇風機持って立ってろ!』って、言われたんだ・・・」

天江「へっ?」

山家「いや、形状記憶合金を冷やすために、扇風機で風を当てるんだよ、それで仁田先生が『コンプレッサーで冷却』って、学会でしゃべってたけど・・・」

天江「なんすか?・・・そらあ?・・・<爆>・・・そんなんで、ちゃんと動くんですか?」

山家「いやあ、10秒に一回くらいしか動かなくてね・・・、でも、工学部の先生方は偉いね。ペルチェ素子で一気に冷やすって方法を考えたんだ」

天江「なんすか? その・・ペル何とかって?」

山家「ペルチェ素子! 電気を流すと片面が一気に冷えて、片面が暑くなる素子で、冷蔵庫なんかに使うらしい。俺も形状記憶合金もペルチェ素子も存在は知ってたけど、組み合わせるって思いつかなかったなあ・・・流石に工学部の先生はプラクティカルなこと考えるの、うまいわ・・・・これで、形状記憶合金が心臓と同じ様に動くようになったんだ!」

天江「それで、心臓って1日に何回くらい動くんでしたっけ?」

山家「1秒に一回として、60×60×24で、8万ちょっと、大体、一日に十万回動くって言われて居るんだ・・・」

天江「形状記憶ったって・・・要するに鉄の固まりでしょ?・・・そんなに動かして壊れないんですか?」

山家「人工心臓の耐久性ってのは、大変な問題なんだよ?、」

天江「ねえ、先輩!先輩!・・・今、想いついたんすけど・・・うんこは一日一回ですよ!」

山家「へっ??・・・なんじゃそりゃ?・・・」

天江「いや、ほら・・・先天性の鎖肛やヒルシュスプリング病の赤ちゃんは、肛門の括約筋がちゃんと働かないから、垂れ流しになっちゃうこともあるんですよ。一日一回動けば、肛門の括約筋には十分じゃないですか!・・・」

山家「そっか・・・天江は小児外科が専門だったな?・・・そう言えば、大腸癌の患者の人工肛門にも使えるかもな?」

天江「ねっ!・・・人工心臓より簡単じゃないですか!」

山家「ううん・・・それ、もしかして凄いアイデアかも知れん?・・・お前、今度、流体研の会議で話をしろよ!」

天江「へっ? 俺が話すんすか?」

山家「言い出しっぺだろ・・・・自分で責任持って話せ!」

天江「工学部の教授の先生って・・・怖いんじゃないですか?」

山家「いや、流体研は応用の先生が多いので、気さくな先生が多いよ。何でも、戦艦大和のスクリューを設計した伝統ある研究所だそうだ。」

天江「ますます怖そうじゃないですか?・・何か質問されたらどうしよ?」

山家「そう言えば、俺も国際高等研究所で人工心臓の講演頼まれた時に、最初の質問で『血液って非ニュートン力体でしたっけか?・・』とか?聴かれて、目が点になったことがあったなあ?・・・」

天江「げっ?!・・・、先輩、何か質問されたら助けて下さいよ!」

山家「大丈夫だ! その時は・・・」

天江「その時は?」

山家「玉砕して来い! 骨くらい拾ってやる。」

天江「先ぱーい・・・」

幕間

 流体研のペルチェ運動素子の開発会議。天江医師の人工括約筋のアイデアのプレゼンテーションは好評を持って迎えられました。

第2幕

 流体研二号館会議室、和やかな雰囲気の中。

圓山教授(流体研)「良いアイデアですね? どうですか? 高木先生、形状記憶合金のストックがあったんじゃなかったでしたっけか?、」

高木教授(流体研)「そうですね・・・羅君! ちょっと試作してみて!」

羅助手(流体研)「ええっ?・・・僕が作るんですか?・・・えっと、まず、何センチくらいの大きさが居るんでしょう?」

天江「えっと、人間だと二センチくらいですけど、大腸用だともっと大きいし・・・」

山家「山羊でサンプルの実験をしてみたいので、いろんなサイズのを試作してみていただけませんか?」

羅「わかりました・・・どのくらいの圧力で閉じればいいんでしょうか?」

山家「・・・・・」

天江「そう言えば、小児外科で肛門内圧の実験をしたときは、50mmHg(ミリマーキュリー)くらいでしたね?」

羅「ミリマーキュリーって何の単位ですか?」

山家「水銀柱です。」

羅「水銀柱って・・・水銀の圧力ですか?」

山家「ほら、血圧なんかの単位でよく言うじゃないですか?」

羅「もっと、まともな単位のデータはないんですか?」

高木「羅君、あとで、科学表で、換算してみてよ。」

羅「分かりました・・・腸の外側の圧力はどうなってるんでしょう?」

天江「・・・・」

羅「中と外の圧力差とかは?」

山家「・・・・」

羅「あれ?・・・何かデータないですか?」

山家「羅先生・・・世界初の実験になるので、データは全て、これから取らなきゃならないんですよ。人工心臓の開発でもそうなんですが、データは開発しながら記録して、それをフィードバックしては改良。と言うことになります」

羅「じゃあ?、何もなしで作らなきゃならないんですか?」

山家「ええ、すみませんが、来月、動物実験の予定を組みましたので、来月までにいろんなサイズの作ってみて頂けませんか?」

羅「何のデータもなしで、来月まで作るんですか?」

高木「羅君。頑張ってみて!・・・」

 

幕間

 流体研、羅助手の孤軍奮闘が始まりました・・・形状記憶合金の板は流体研のストックから流用。蝶番が見つからないので、自分の衣装棚の衣紋かけの蝶番を流用し、学生実験用のホルマル線を組み合わせ、温度上昇のモニタリングを工夫し、悪戦苦闘の挙げ句、何とか各種サイズの肛門括約筋の試作品を完成! 

 羅先生の苦闘は、後に、数々の特許申請や、億近い研究予算の獲得、国際的な学会賞の受賞となって報われることになります。

第3幕 加齢研動物実験室

天江「へえ、これが羊ですか、でかいですねえ・・・」

山家「うん、ちゃんと静脈確保して挿管して麻酔導入して維持しといてやるから、お前お腹専門だろ・・・」

天江「羊の腸管って・・・どうなってるんでしょう?」

山家「知らん! 俺は心臓専門だ!」

天江「え、先輩も羊のお腹あけたことないんですかあ・・・? じゃ、何か羊の解剖の本在りませんか?」

山家「解剖の石井教授にも調べてもらったことがあるんだけど・・・犬や馬の解剖の本は在るんだけど、山羊や羊はないらしいんだなあ・・・これが・・・あ、でも、胃袋は5つあるらしいぞ?」

天江「ええっ・・・勘弁して下さいよ!・・・それでどうやって実験するんですか?」

山家「お前、お腹専門だろうが・・・何とかしろ!」

天江「そんなあ・・・」


幕間 

・ ・・と嘆く割には、実験は極めてスムーズに進み、小腸を確保して、開発した括約筋で挟み込む。

第4幕 加齢研動物実験室

羅「あ、そんなに乱暴に持たないで下さい! 熱伝対が切れる!」

天江「へっ? ちょっと握っただけですよ? 体に埋めるんだから、も少し丈夫に作って下さい!」

羅「いえ、精密機械ですから、お医者さんなら丁寧に扱うだろうと思って・・」

天江「内臓はもっと丈夫ですよ・・・あ、このネジ小さくて入らない?」

羅「あ、それ落としたら、括約筋壊れます・・・」

山家「体に埋め込むのに、ネジ回し方式はまずいかもなあ・・・」

羅「あ、引っぱらないで・・・それが切れたら、温度がモニターできません・・・」

山家「体の中って、溶鉱炉に負けない極限環境とも言われて居るんです。何とか丈夫に作って下さい。」

天江「も少し扱いやすいのをお願いしますう・・・」

羅「もっと、丁寧にお願いしますう・・・」

幕間

ドタバタ劇ながら、実験自体は見事に成功。

実験ビデオを見た高木教授の感想。

高木「いやあ、手術って、お医者さんはみんな押し黙って黙々と厳粛にやってるのかと思ったら、結構明るいんですね?」

山家「リラックスした雰囲気の方が、結局、成績もいいようですよ?」

天江「いやあ、大学の手術なんか、下ネタ大爆発で、みんな笑いながら手術しています。」

山家「PTCAみたいなカテーテルの手術の時は、患者さんも起きていますが、『山家先生が笑っている間は大丈夫だと思ってました』って、言われますよ。笑ってた方が安心感を持ってくれるみたいです。」

高木「はあ、そんなもんですかねえ?・・・」

不満そうな真面目一徹の高木教授・・・境界領域の共同研究は、お互いの常識の違いに目を見張ることもあります。

第5幕 加齢研の廊下

宮田(河北新報)「あ、山家先生こんにちわあ・・・」

山家「あ、宮田さん、こんちわあ・・偶然っすね?・・・今日はまた、どうしたんですか?」

宮田「いえ、今日は偶々外科の近藤先生のところに肺移植の取材に来た帰りだったんですが・・・」

山家「ああ、近藤先生は水泳部の先輩なんです。宜しくお願いします。」

宮田「へえ?、先生も水泳部だったんですか?」

山家「ええ、近藤先生は10年も先輩なんで頭が上がらないんですよ・・・水泳部って言えば、後輩が、宮田さんの記事を読んで、変なことを考えましてね。」

宮田「ああ、人工心筋の記事ですね? 取材の時は有り難う御座いました。反響は如何でしたか?」

山家「いえ、水泳部の後輩があれを読んで、人工肛門括約筋を作ったらって・・・」

宮田「はあっ?・・人工肛門?・・括約筋?・・・って、何ですか?」

山家「ほら、大腸癌の手術なんかの時に、こう、お腹にストーマ作るでしょう、あれ、開きっぱなしなので、それを閉じる人工臓器」

宮田「へぇえっ・・・そう言う機械はこれまで無かったんですか?」

山家「うん、宮田さんの記事のおかげで面白いのが出来そうです。今、特許も準備していて・・・」

宮田「それ、どっかで? もう記事になりました?」

山家「いやあ、記事どころか、動物実験がやっとうまく行ったところで、学会もまだで・・今度のアメリカ人工臓器へ演題を出したばっかりです。」

宮田「先生、私今日は用事あるんですが・・明日か明後日時間在りますか?」

山家「え?・・・明後日の外来の後なら少しくらいなら時間在るけど・・・」

宮田「じゃあ、明後日の午後1番にお邪魔しますから、詳しく教えて下さい!宜しくお願いしまっす!」

山家「は?・・・?・・・」


幕間

翌週の河北新聞に「東北大で人工括約筋を開発」と言う記事が掲載されました。

第6幕 仙台で行われたとある学会の懇親会の席

松木教授(大学院工学研究科)「ああ、山家先生、新聞読みましたよ、御活躍のようで・・・」

山家「松木先生! ちょうど良かった、お電話させていただこうと思っていたんです。新しい人工括約筋のエネルギー伝送を考えてたんですよ・・・」

松木「は?・・括約筋?・・・って何ですか?」

山家「ほら、人工肛門の患者さんとか、先天的に肛門が閉じている鎖肛の赤ちゃんなんかは、排便がコントロールできないんです。それを開け閉めする機械なんですよ。」

松木「ああ、新聞の話ですね?・・それなら、人工心臓よりは楽に行けますかね?」

山家「なんせ、うんちするのは、せいぜい一日に一回か二回じゃないですか・・」

松木「その時だけ、動けばいいんですね?」

山家「ええ、その時だけ、松木先生のシステムで、埋め込んだ括約筋にエネルギーを送ればいいわけですから・・・楽でしょう?」

松木「そうですねえ・・・おおい、佐藤君!」

佐藤助手(大学院工学研究科)「はい。」

松木「ちょっと、山家先生の括約筋のお手伝いして上げて。」

佐藤「え、僕、補助心臓と人工心筋とFESと・・・東大の人工心臓のエネルギー伝送まで頼まれてて・・・手一杯なんですが・・・」

山家「まあ、うちのは、簡単?だと思いますから、お願いしますよ・・・」

佐藤「そんなあ・・・」

 松木研究室の協力も得て、経皮エネルギー伝送システムも備えた完全埋め込み型の人工臓器として開発された人工括約筋は、現在、本邦の特許、US Patent、中国等での特許などを申請しながら慢性動物実験まで研究開発は進んでいます。

 結局、ここまで来るのに、予算的裏付けは殆どなしで、他の研究で余った材料などを寄せ集めて、まずは実物を作り上げ、動物実験まで持っていこうという研究者の熱意のみでやってきました。

 それらの実験の結果を裏付けに種々の申請を行い、現在はNEDOや科研費等のグラントもついて、漸く「手弁当」状態を脱出できたところです。

 東北大学の伝統とは何でしょう?

 それは「実学」である。と、承ってきました。

 グローバルスタンダードを前提に、「ネイチャー」、「サイエンス」等というパターンも重要ですが、まずは実物を作り上げ、患者さんに使えるものを考えて行く、と言うやり方も在ってよろしいのではないかとも思えます。

 今回の開発研究は、部局間の相互乗り入れや共同研究の垣根の低い総合大学でなくては不可能なものであったかも知れないと認識しています。またマスコミさんの取材も決定的なところで有利に働いてくれました。

 必要以上にコミカライズして書きましたが、研究開発の楽しさの雰囲気が、読んでくれた学生さんに伝わってくれれば良いなと思います。

 水泳部のコンパで、たまたま僕が天江の隣に座らなければ、この世にまだ「人工括約筋」という言葉は存在しなかった筈でした。

 現在、水泳部の学生諸君には、獲得した研究費によって人工括約筋の実験動物の管理をアルバイトでお願いしています。

 少しは部費も潤っていることでしょう・・・


東北大学広報より

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